渦鞭毛植物 [dinophytes, dinoflagellates]

 極めて特異な特徴を多くもつ藻類の一群.渦鞭毛藻,渦鞭毛虫ともよばれる.多くは単細胞遊泳性であるが,不動性の種も知られる.およそ半数の種は葉緑体をもつが,残りの種はこれを欠き,従属栄養性.また有葉緑体種の中には,微細構造や色素組成が異なる下記のような複数のタイプの葉緑体が知られている.これらの葉緑体は起源が異なるが,有葉緑体渦鞭毛藻の多くがもつペリディニン型葉緑体がおそらく渦鞭毛植物における原型であり,いくつかの系統で他のタイプの葉緑体への置換が起こったものと考えられている.

ペリディニン型
葉緑体は3重膜で囲まれる.チラコイドは3重ラメラを形成する.クロロフィルac2(およびマグネシウムジビニルプロトクロロフィリド)をもつ.カロテノイドとしてはペリディニン,ペリディノール,ピロキサンチン,ディノキサンチン,ディアディノキサンチンディアトキサンチンβ-カロテンなどをもつ.チラコイド膜上に存在する典型的なLHCに加えて,チラコイド内腔中に特異な水溶性のペリディニン-クロロフィルaタンパク質複合体が存在し,極めて高い光捕集効率を示す.ルビスコは form II.色素体DNAは極めて特異であり,1〜数個の遺伝子がコードされた小さな環状DNA(ミニサークルDNA)を多種類もつ.ときに埋没形または突出型のピレノイドをもつ.おそらく紅色植物との二次共生に起因し,クロメラ類の葉緑体やアピコンプレクサ類のアピコプラストと共通起源をもつと考えられている.ギムノディニウム(Gymnodinium),アンフィディニウム(Amphidinium),シンビオディニウム(Symbiodinium),ペリディニウム(Peridinium),ゴニオラックス(Gonyaulax),ケラチウム(Ceratium)など多数の属がもつ(ただしこれらの中には別のタイプの葉緑体をもっており別の属へ移すべき種や,従属栄養性の種を含む属がある).
ハプト藻型
葉緑体包膜数についてははっきりしていない.チラコイドは3重ラメラを形成する.クロロフィルac2c3マグネシウムジビニルプロトクロロフィリド (MgDVP) をもつ.カロテノイドとしてはフコキサンチン,19’-ヘキサノイロキシフコキサンチン,19’-ブタノイロキシフコキサンチン,ギロキサンチンジエステル,ディアディノキサンチンディアトキサンチンα-カロテンおよびβ-カロテンなどをもつ.埋没型または突出型ピレノイドをもつ.おそらくハプト植物との三次共生に起因すると考えられている.カレニア(Karenia),カルロディニウム(Karlodinium)などがもつ.これらの渦鞭毛藻は,以前はギムノディニウム属やギロディニウム属(Gyrodinium)に分類されていたので古い文献ではこれらの属名で報告されていることがある.
珪藻型
葉緑体は本来の2重膜と色素体ERで囲まれ,さらにその外側が1枚の膜で囲まれるため5重膜をもつ.最外膜の内側には共生者の核やミトコンドリアが存在する.色素体ER外膜は共生者の核と融合している.チラコイドは3重ラメラを形成し,ガードルラメラをもつ.クロロフィルac1c2をもち,クロロフィルc1様の特異な色素も報告されている.カロテノイドとしてはフコキサンチンディアディノキサンチンディアトキサンチンβ-カロテンなどをもつ.チラコイドが陥入した埋没型ピレノイドをもつ.珪藻との三次共生に起因するが,葉緑遺伝子の系統解析から,一部の種では他の珪藻起源の葉緑体への置換が起こったことが示唆されている.3重膜で囲まれた眼点をもつが,これは本来もっていたペリディニン型葉緑体が変化したものであると考えられている.いくつかの種で葉緑体DNA塩基配列が報告されている.ドゥリンスキア(Durinskia)やクリプトペリディニウム(Kryptoperidinium)などが知られるが,いまだ他の属に分類されたままの種が多いため(e.g., Peridinium quinquecorne, Peridiniopsis spp.),注意が必要.これらの渦鞭毛藻は珪藻起源の葉緑体をもつことからディノトム(dinotom; dinoflagellate + diatom)とよばれることがある.
緑藻型
葉緑体は4枚の膜で囲まれ,2枚目と3枚目の膜の間には真核生物型リボソームとヌクレオモルフ様構造が存在する.チラコイドは2〜3重ラメラを形成する.クロロフィルa, bをもつ.カロテノイドとしてはルテインネオキサンチンゼアキサンチンビオラキサンチンアンテラキサンチンβ-カロテンなどをもつ.埋没型ピレノイドをもつ.おそらく緑藻緑藻植物)との二次共生に起因すると考えられている.レピドディニウム(Lepidodinium)に見られる.
クリプト藻型
このタイプの葉緑体はクロロフィルa, c2フィコビリタンパク質アロキサンチンα-カロテンなどクリプト藻と共通する色素をもつ.ただし葉緑体として完全にはオルガネラ化しておらず,維持にはクリプト藻の取り込みが必要であると考えられている(盗葉緑体).取り込まれるクリプト藻の特異性はさまざま.微細構造的にはクリプト藻の細胞が1枚の膜で囲まれてほぼ完全に維持されている例から,2重膜で囲まれた葉緑体のみが存在する例まである.ヌスットディニウム(Nusuttodinium;以前ギムノディニウムやアンフィディニウムに分類されていた盗葉緑体種からなる)やディノフィシス(Dinophysis;クリプト藻を直接取り込むのではなく,繊毛虫ミリオネクタMyrionectaが盗葉緑体としたクリプト藻を取り込む)に知られる.またディノフィシスの中にはハプト藻などを起源とする盗葉緑体をもつ例も知られている.

 細胞膜直下にはアンフィエスマ小胞(amphiesmal vesicle)とよばれる扁平な小胞が多数存在し,ときにこの中にセルロース性の板(鎧板)が存在する(有殻渦鞭毛藻).遊泳細胞はふつう細胞腹面から生じる2本の不等運動性鞭毛をもち,横鞭毛は細胞赤道面に存在する横溝に沿って細胞を取り巻き,縦鞭毛は縦溝に沿って後方へ伸びるものが多い.鞭毛には非管状性小毛が付随する.ときに光走性を示すが,光受容体は不明.眼点をもつものは少ないが,その中にはさまざまなタイプのものが知られている(細胞質中や葉緑体中の色素顆粒,レンズ眼に似た複雑なオセルスなど).多くの場合,核は極めて特異であり,渦鞭毛藻核(dinokaryon)とよばれる.渦鞭毛藻核ではヒストンが少なく典型的なヌクレオソームを形成せず,DNAが特異な核タンパク質(DVNP = dinoflagellate/viral nucleoprotein)とともに間期も含めて常に複雑に凝集している.Symbiodiniumにおいて核ゲノム塩基配列が報告されている.ふつう核外紡錘体によって核分裂する.貯蔵多糖はデンプンであり,細胞質基質中に蓄積される.ミトコンドリアは管状クリステをもつ.ふつうプシュール(水嚢 pusule)とよばれる特異な内膜系をもつ.トリコシスト(毛胞 trichocyst)を含めていくつかのタイプの射出装置が知られる.生物発光する種が知られる(ヤコウチュウ Noctilcaなど).二分裂や遊走子形成によって無性生殖を行い,また同形または異形配偶による有性生殖を行うものが知られている.

 海から淡水まで水域に普遍的でプランクトン性または底生性.日周鉛直移動するものもいる.葉緑体をもつものでも多くは捕食を行い(混合栄養),また従属栄養性種も多い.しばしば大増殖して赤潮を形成し,また毒素を生成することから養殖業に被害を与える種もいる.

 分類学的には渦鞭毛植物門(Dinophyta)またはディノゾア門(Dinozoa)に分類され,繊毛虫やアピコプレクサ(マラリア原虫など)とともにアルベオラータを構成している.渦鞭毛植物門は渦鞭毛藻綱(Dinophyceae),ヤコウチュウ綱(Noctilucea, Noctiluciphyceae),シンディニウム綱(Syndinea, Syndiniophyceae),オキシリス綱(Oxyrrhea)などに分けられているが,その多くは従属栄養性であり,有葉緑体種は渦鞭毛藻綱にほぼ限られる.渦鞭毛藻綱内でも有葉緑体種はおよそ半分程度である.ただし渦鞭毛植物の初期分岐群の中には色素体の痕跡の存在が示唆されているものがあり,また渦鞭毛藻の葉緑体(ペリディニン型)はクロメラ類の葉緑体やアピコンプレクサ類のアピコプラストと共通する点があるため,渦鞭毛植物とアピコンプレクサ類(クロメラ類を含む)の共通祖先は葉緑体をもっており,光合成能の欠失がさまざまな系統で起こったものと考えられている.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:42:54