低温ストレス[low temperature stress]

  植物は,その生育環境において光合成と呼吸の至適温度をもっている.そして,至適温度より温度が低下すると,光合成と呼吸活性はともに減少し,ある温度以下では正味の光合成生産はまったく行われなくなる.この温度を低温限界と呼ぶ.低温限界以下の温度が長期間続く環境では,植物の生存は不可能である.このように,温度の低下は,植物の純生産を低下させることにより,植物の生育を大きく制限するが,このような温度の効果は熱力学的なものであり,以下に述べる低温ストレスとは区別して考えねばならない.
 低温ストレスと呼ぶ場合,植物が低温で傷害を受ける状況が想定される.低温ストレスにより傷害の発生する植物を低温感受性植物と呼ぶ.また,低温ストレスによりまったく傷害を受けない植物を低温非感受性植物,低温ストレスにより傷害を受けるがそれを修復できる植物を低温耐性植物と呼ぶ.植物が低温で傷害を受ける状況は,次の3つが想定される.第一に低温が傷害発生の直接の原因となっている場合,第二に他のストレスが原因の傷害を低温が促進する場合,さらに,第三に傷害から回復する過程を低温が阻害する場合である.
 ある種のシアノバクテリア類は,低温で細胞膜の相分離をひき起こし,その結果,細胞膜のバリヤー機能を失い,細胞の電解質を漏失することにより死滅する.この場合,低温はシアノバクテリアの傷害発生の直接の原因になっていると考えられる.
 低温ストレスは,光合成器官と非光合成器官で状況が異なる.非光合成器官に対する傷害は,生殖器官や果実などの貯蔵器官の傷害のしくみを考えるうえで重要である.非光合成器官で低温傷害が発生する原因としては,液胞膜プロトン輸送機構の損傷による細胞質pHの酸性化などが原因として提唱されているが,詳細は不明である.
 光合成で低温の影響を最も受けるのは,気孔と光合成炭素代謝である.気孔は,低温になると応答が遅くなり,開いた状態の気孔は開いたままに,閉じた気孔は閉じたままとなる.低温による気孔開閉の阻害は,蒸散の阻害に直結し,植物におもわぬ乾燥ストレスを与えるので無視することはできないが,光合成に対する低温阻害の原因を気孔の開閉阻害のみに求めることは無理がある.低温で光合成炭素代謝が阻害された状態は,過剰の光エネルギー吸収により還元力の過剰をもたらし,活性酸素種による各種の傷害が発生する.活性酸素種は,多くの傷害をもたらすが,活性酸素種消去系の酵素活性は低温で低下するものがあり,その結果,活性酸素種傷害が促進する可能性も考えられる.
 植物をその生育光環境よりも強い光条件に曝すと光合成活性の阻害が起こる(光阻害).光阻害の主な原因は,光化学系Ⅱの反応中心タンパク質であるD1タンパク質が強光下で分解するためであることがわかっている.D1タンパク質の分解は,生育光環境下でも常に起こっているが,生育光環境下ではD1タンパク質の修復機構がうまく働くために見かけ上光阻害がみられない.低温感受性植物の場合,このD1タンパク質の修復機構が低温により阻害される.D1タンパク質の修復機構はチラコイド膜リン脂質ホスファチジルグリセロールの不飽和分子種により促進される.低温感受性植物では,チラコイド膜のリン脂質ホスファチジルグリセロールの不飽和分子種の割合が低いために,低温でのD1タンパク質の修復機構がうまく機能しないことが低温傷害発生の原因の一つと考えられている.
 最近の研究では,低温での光阻害は,光化学系Ⅱに限るものではなく,光化学系Ⅰでも起こることがわかってきた.光化学系Ⅰの活性低下の原因は反応中心タンパク質PsaA/Bタンパク質の分解によることがわかっている.
 低温感受性植物を夜間に低温処理すると,昼間の光合成活性が数日間にわたり低下することが知られている.このことは,低温による光合成の阻害の初期過程には,光を必要としない経路も存在することを示唆している.

関連項目


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:44:53