一酸化窒素[nitric oxide]

  一酸化窒素(NO)は分子量30.01の無色の気体で,不対電子をもつガス状ラジカル分子である.光合成酸素発生の発見者であるプリーストリー(Joseph Priestley)によって1772年に発見された.酸素原子を含んでいるため,以前は活性酸素種(ROS, Reactive Oxygen Species)に分類されていたが,生理学的作用と機能がROSとは大きく異なっていることから,活性窒素分子種(RNS, Reactive Nitrogen Species)として考えられるようになった.大気中では容易に酸化されて二酸化窒素(NO2)となる.一酸化炭素(CO)と同様に,遷移金属との親和性が高く,ニトロシル化合物をつくりやすい.NOは生体膜透過性が高いため,細胞内および細胞間のシグナル分子として様々な生理的反応の制御に関与していることが明らかになっている.植物では,光合成活性制御,気孔開閉,発芽,伸長,菌感染応答,老化制御などの現象にNO関与していることが報告されている.生物によるNO生産は,亜硝酸を基質にする経路と,L-アルギニンを基質にする経路の二つが知られている.脱窒細菌では,異化的亜硝酸レダクターゼ(NiR)の触媒によって亜硝酸からNOが生成する.光合成細菌 Rhodobactor sphaeroidesではCu-NiRによってNOが合成され,NOレダクターゼ(NOR)によってさらに一酸化二窒素(笑気ガス,N2O)に還元される.植物および緑藻の同化的硝酸レダクターゼ(NR)は,硝酸を亜硝酸に還元する同化的反応に加え,亜硝酸をNOに還元する反応も触媒する(2NO2-+3H+ + NADH→2NO + 2H2O +NAD+).この反応はマメ科植物で特に顕著で,光合成阻害剤の添加によってNO発生が促進されることが報告されている.NRの以外の様々な酵素でも同様の亜硝酸の還元によるNO生成反応が見られる.ミトコンドリア呼吸鎖や光合成電子伝達系もNOの発生源である.これら酵素的反応に加え,アスコルビン酸やポリフェノールなどの還元剤でも化学的にNOが生成することが知られている.動物では,NO合成酵素(NOS)がL-アルギニンをL-シトルリンに変換する際にNOが合成される.血管内皮由来弛緩因子がNOであることを見いだしたMurad, Furchgott, Ignarroに1998年のノーベル生理医学賞が授与された.植物では哺乳類型NOS,植物iNOS,AtNOS1等の候補が提唱されたが,未だL-アルギニンを基質してNOを合成する酵素は見つかっていない.


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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:57