リン酸欠乏[phosphate deficiency]

  リンは生体の主要な構成元素の一つであり,代謝経路の多くの酵素がリン酸を基質とするので,物質代謝が円滑に維持されるためには,細胞質や葉緑体・ミトコンドリアなどのオルガネラ内のリン酸濃度はmMオーダー以上で安定に維持されている必要がある.しかし,一般的な土壌や水圏で植物が直接利用可能な遊離のリン酸の濃度は,通常はきわめて低く,自然環境下で自生する植物は,ほとんどが実質的なリン酸欠乏環境下で生育していると見なされる.植物は多様な調節機構により,このようなリン酸欠乏環境に順応している.
 たとえば,低リン酸環境で育った植物では,根の伸長成長が著しく促進される.また,そのような根の表皮細胞では,原形質膜上に高親和型リン酸輸送体が誘導されるとともに,クエン酸などの有機酸やホスファターゼの土壌中への分泌が起こるが,これは土壌中で難溶性の塩をつくっているリン酸や,腐植中の有機物に化合しているリン酸を可溶化・遊離させて回収するための機構である.また,リン酸欠乏条件下では成長に伴って老化葉から若い葉への無機リン酸の移動(転流)が起こるが,これも主要な物質生産の場におけるリン酸を枯渇させないための馴化・調節が植物個体レベルで起こる結果である.
 このようなリン酸濃度の恒常性を維持する機構は,細胞レベルでもみられる.液胞は細胞内でリン酸の貯蔵機能をもつが,リン酸欠乏時にはリン酸を放出し,細胞質中のリン酸を保つように働く.また,細胞内の物質代謝のレベルでは,代謝系の特定の酵素がリン酸欠乏により調節されて,代謝経路にバイパスをつくることでリン酸を必要とする反応を回避し,結果的にリン酸欠乏に対する耐性を高めるような例も知られている.このように,リン酸欠乏によってひき起こされる植物の馴化・調節は多岐にわたるが,植物がリン酸欠乏を認識する機構や,その情報の伝達機構は未解明な点が多い.

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Last-modified: 2020-05-12 (火) 04:43:14